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ホームスティ①
たいへん遅くなってしまいましたが、夕食を摂りに「スシロー」に入りました。
生ものはダメらしいけど、唐揚げとかサラダとかフライドポテトなんかは好物とか聞いてたので、みんなでオーダーしました。
最初はやはり、ポテトに手がいきました。右の写真は、お腹いっぱいになって、お勘定前の歩未ちゃんと3人娘です。
結構、食べてますねえ・・・・。
我が家に帰って、荷物を解いてお風呂に入りました。
3人には、おばあちゃんからおそろいのかわいらしいパジャマがプレゼントされました。
歩未ちゃんと純平くんと5人で指遊びをしています。
英語とドイツ語が混ざってて、端の私にはさっぱりわかりません。
これは、誰かがドイツから持ってきてるカードで
ゲームをしているところです。
どんなゲームかわかりませんが、5人で結構
盛り上がってたようです。
階下に降りて、縁台を出してみんなで花火を楽しみました。
夜も遅いので、パンパン音がするのはやめにして手で持てる程度の
やさしい花火を用意していました。これも事前におばあちゃんが買ってきてくれてました。
最後には、みんなで一緒に撮りました。
マリー、ヤーナ、クララを囲んで我が家の家族です。
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日独交流事業⑭
解団式後、ドイツの団員はそれぞれホームスティ先に行くのですが、我が家に来てくれる3人には予め阿部さん通訳)を通じて少林寺拳法の練習に行くことを伝えてて、総合体育館から直接新野小学校まで連れて行きました。
本来は練習日ではないのですが、せっかくのチャンスなので学校に申請して本日のみ、体育館を借りていて拳士たちにも、強制ではないので、ドイツの女の子を連れてくるので時間があれば道着を持って来るように伝えていました。
純平くんが、英語で通訳し自己紹介をしてもらいました。
続いて、鎮魂行をするのに、一緒に入ってもらって体験してもらいました。
副座は、歩未さんです。
瞑目中です・・・・・・・。
ちなみに主座は純平くんにしてもらいました。
実際に演武を見てもらいました。
今度、全国大会(中学生)に出場する須藤-河本組に
やってもらいました。
木元くんを相手に、技をやってるマリーです。
歩未さんが説明してるようですが、うーん、難しいようですね。
やろうとしている技は、「小手抜」のようですね。
こちらは、赤堀さんを相手に体験中のヤーナです。
こっちは、内田くんに教えてもらっているクララです。
彼女がかわいいので、心なしかちょっとテレ気味の祐二朗くんです。
最後は、みんなで二重の輪をつくって、大きな声で「幸せなら手をたたこう」を歌いました。
1番が手をたたこう、2番は足鳴らそう です。
ドイツの3人の子たちもリズムをとって合わせてくれました。
練習終了後、みんなで集合写真を撮ってもらいました。
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日独交流事業⑫
楽しかった2日間でしたが、いよいよお別れの時が来ました。
お別れ式です。
不肖、私が津山市スポーツ少年団を代表してごあいさつを。させていただきました。土庄町からドイツの訪問団のみなさんへお土産をいただきました。
津山市スポ少と土庄町スポ少の記念品の交換です。
土庄町スポ少は、石床さんと、松本奈々さんです。
津山市スポ少は、流郷さんと、津山道院の杉山淳人くんです。
ドイツの訪問団の方からいただいたゴム風船を膨らまして、みんなで最後の集合写真を撮りました。
名残りも尽きないですが、バスで港まで移動し、フェリーに乗船。
勝北スポ少の拳士たちと一緒に撮ってもらいました。
土庄町のみなさんは、岸壁まで見送りに来てくださっていて、石床
さんは、船が出航してもいつまでも私たちを手を振りながら見送って
くれてました。
島の人たちの温かいもてなしを受けて、ただただ感謝です。
とても楽しい思い出がまた一つ増えました。
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東北行 Vol.29
すみません。
14日(日)の晩は、実家に帰れない私とポッポちゃんで東京泊りです。
で、JR神田駅近くのホテルにチェックインし、24時30分くらいかたらだったか二人で遅い夕食に出かけました。
すぐ近くの炉端焼き店に入りました。
二人でいろいろと話をしました。
1枚の皿に盛り合わせで出てきた刺身を二人で、あーだこーだと言いながら突っついて食べました。
とてもいい思い出になりました。
明けて翌朝(15日、月曜日)、セントラルホテルをチェックアウトして帰路に着きました。ここって、いくらだと思いますか?1泊素泊まりで3,500円でした。私が『JRおでかけネット』で調べて事前に予約していたんです。お風呂とトイレが共同なので、不便そうに聞こえますが、部屋は広いし全然OKでした。
ちなみにポッポちゃんと一緒にチェックアウトするつもりでしたが、体調がすぐれないとのことで、私一人で出発しました。
JR東京駅の新幹線乗り場への道すがら、東北産のお土産屋台があり、ついつい情にほだされて買っちゃいました。
鯨の缶詰、サバの味噌煮と水煮等、東北からの帰りなので余計に感ずるところもありいっぱい買いました。
ご覧のように14時30分東京発ののぞみ41号博多行の新幹線で一路岡山まで帰りました。
日本が世界の誇る日本一の山である富士山を見るため、わざわざ北側の窓際の席を取ってもらってたのに、東京駅近くでの昼食(ラーメン屋)で生中を一杯ひっかけてて、で、東京駅新幹線乗り場前の待合室で出発前に500mℓの缶ビールをきゅーーーーーっと飲んでたので、うっかり(しっかり)寝てしまってて気が付いたら名古屋付近でしてせっかく写真を撮ろうと待ってたのですが残念です。
今回の東京行では、たくさんの出会いと感動と感謝と体験ができました。
縁あって出会った宗道臣塾のメンバーに感謝!!
これからも少林寺拳法を大事に、法縁ある仲間を大切に日々修行に励んでいきたいです。
私にいい影響を与えてくださった、そしてかかわっていただいたすべての皆さまに、心から感謝申しあげます。
ありがとうございました。
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東北行 Vol.28
タメケンとバニ~が交代しながら東京に着きました。
JR神田駅にて再会を誓いながらお別れしました。
私とポッポさんは、今夜も東京に泊まりました。
写真は、最後の最後にあったハプニングです。
タメケンの手の先には畠山先生からいただいた少林寺拳法復興支援グループのシンボルステッカーが貼られてます。
宗 道臣塾 第2期生 有志のみなさんへ
貴重な体験といい出会い、そして心に残るたくさんの思い出をありがとうございました。
またこの7月には、ポッポさんの幹事で同窓会が開催されると思いますが、その時までお互いに元気でいたいものです。
総合プロデュースであるタメケン、お疲れさまでした。フォローのバニ~、お疲れさまでした。
それでは、ポッポさんの地元である宮崎市での再開に思いをはせ、今回の旅を締めたいと思います。
皆みんな、本当にありがとうございました。
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東北行 Vol.27
門脇小学校の玄関です。
着いた頃はご覧のように日も暮れて露出が合わなくてうまく撮れてませんが、復興を願う横断幕、見えますでしょうか。
津波による洪水だけではなく、ここでは火災による2次被害がありました。
ひん曲がった屋根とか見れば、当時のすごさが想像できますよね。
これで、もう2年が経ったんです。多くの子どもたちの歓声が聞こえるはずの小学校が今もこの惨状です。
この小学校から坂を上って数十メートルの所にある日和幼稚園の門です。
震災当日、 ここの通園バスが園児を乗せて一旦門脇小学校に着き、」そこでそばの階段を数十段駆け上がれば幼稚園に戻れるのにそのまま
バスに乗って園に帰る途中、渋滞に巻き込まれて、そのうち濁流に流され瓦礫の下に埋もれ、どこからか上がった火の手に包まれて、結局全員焼死したのでした。
園の付添職員と5人の尊い命がここで終わったのです。何かせつなくて、やりきれない気持ちがこみ上げてきて、何とも言えない心境でした。
わかるでしょうか。
すぐ近くに地元の方々が、更地に偲んで作られた鎮魂碑には、「がんばろう!石巻」と書かれていました。
それより何より、地面に書かれた「絶対復興するぞ!」の文字が心に響きました。
じっとその碑を見ていると自然に涙が出てきました。
子を持つ一人の親として、子の無念さは何なんだろうって思いました。
遠く離れた岡山(津山)の地で、この現実をしっかり伝えていくことと人を慈しむ心を決して忘れないことは、私に課せられた重大な使命のように思いました。
改めて、亡くなられた方々や今だ行方不明の皆さまに対し、こころからご冥福をお祈り申しあげます。
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東北行 Vol.25
陸前高田を出て、ずーっとやってきて14時を過ぎてて、気仙沼まで来て先のタンカーを見て、遅い昼食を摂ろうということで、同じお金を使うのならコンビニなんかじゃなく、地元の皆さんに協力しようと仮設の建物で営業されてるお店に入りました。写真のヨッシーとバニ~が持ってるものって、何かわかりますか?
正解は、「鮫の心臓」です。いらん世話ですがご覧の1パック、これで500円です。ここの店の大将がお隣の魚屋さんと懇意でもって、わざわざ話して分けていただいてこの店内でみんなで食べさせていただきました。
左から、マッキー、私、タメケン、ポッポの面々です。
ポッポちゃんが体調を崩して、いささかグロッキー気味でしたがバニ~とタメケンが介護士としてフォローしてくれて何とか元気になってくれました。
私が手にしてるものって、また何かわかりますか??
これは、地元で言うところの「ハーモニカ」だそうです。
どういった部位か聞いたんですがメモを取ってないので今となってはわかりません。大将、一生懸命説明してくだっさったのに忘れてしまってすみません。
震災前はお豆腐屋さんを経営されてたという大将。
お客様の注文を暖簾の向こうの厨房に向かってオーダーするだけ。で、自分はテレビの競馬を見ながら一喜一憂するヘンな人です。でもトークの技は超一流、一見さんの私たちを飽きさせませんでした。店や工場を失くされてもくじけずにこんなに明るく、訪れたお客様を楽しませることができる素晴らしい大将に感謝。
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東北行 Vol.24
これまでにも、道中、たくさんの惨状地帯を見てきました。
これは、有名な事実ですが、約3Km先の港に係留していた大型タンカーがあの津波の勢いに乗せられてここまで「持って来られた」ものです。
見た衝撃は、その大きさというか迫力に圧倒されると同時に、言い尽くされた言葉ですが、自然の力に対しては、我々人間の力ってホント大したことないなって、そら恐ろしくなってきました。
ヨッシー、私、タメケンの3人です。
これは、タンカーから言うところの右舷側の写真ですが、廻って左舷側にも残骸がありました。多分、スズキエブリイワゴンだと思います。この小さな軽四ワゴンの真上からでかい船が落ちてきたようで、屋根から真っ二つに左右につぶされたのがわかります。
まさか、この中に運転手というか人が乗ってたのではないでしょうねえ、逃げてくれてるんですよね・・・・・・。
とにかく、これが現実です。













































